大阪・八尾平和委員会は7月24日、八尾市に現存する掩体壕(えんたいごう)についての学習会を、八尾市内の河内へいわ館で行いました。同館は、八尾平和委員会が立ち上げた平和資料館です。
講師の池田照仁会長は「重要な軍事基地があるのはそうなるべき歴史があるから…八尾戦乱史と掩体壕(えんたいごう)」と題し、資料を示して解説。八尾市域(河内)周辺には多くの古墳があること、蘇我氏と物部氏の戦いをはじめ、南北朝の戦い、応仁の乱、一向一揆、大坂夏の陣などの戦場になってきたことを説明しました。参加者は、周辺の鉄器づくりや物部に代表される「物づくり」が古代から盛んで今も息づいていることと、アジア太平洋戦争中に「東洋一」とされた飛行場が建設されたこととの関連性など、さまざまな角度から交流しました。
八尾市の掩体壕は大阪府内で唯一残存し、貴重な戦争遺跡だとして八尾平和委員会は市に保存を求めてきましたが、市は「文化財としての評価や遺存状態を含め、保存やその活用のための条件を踏まえて検討する必要があり、速やかな対応は難しい」といって応じてきませんでした。案内板だけでも設置してほしいという要望にも「耕作されている民有地であり、立ち入りは難しいことから、設置は困難」という回答です。
戦争中、旧大正飛行場(現八尾飛行場)とその周辺におよそ40基の掩体壕が造られました。現存する1基は4㌔離れたところにあり、現在、農機具等の物置になっており、保存状態は良くありません。
八尾平和委員会は、土地の所有者への働きかけや募金活動などを検討し、保存方法を探っています。